京都の居酒屋カウンター

人生は思いの外、ドラマチック

仕事で疲れている年度末、ふと通りがけの立ち呑み屋の扉に
なんとなく、それはもう吸い込まれるように右手をかけた。




頭の中も、気も、とんでもなく重たい私は
カウンターに完全に寄りかかりながら、
お店の奥の方で詠い続けるミュージシャンのうたを聞いていた。
呑まれない程度で家に帰るために
ハイボールを片手にしたはずなのに
やたらと脳みそに響く、その場限りのうたに思う存分、呑まれている。





「ちょっと混んできたから隣、良いですか?」




と、その場限りの気の利いているのか効いていないのかわからないうたと、
ハイボールの所為で泣きじゃくっている私の右側に
日本酒を片手にふらっと陣取ったのは、
私のお父さんとそんなに歳がはなれていなさそうな
上司っぽい男の人だった。
何度か立ち寄ったことのある、このこじんまりとした店内で
確かに、見かけたことのある顔だと思った。





「君みたいな美人、おぼえてないはずはないんだけれど。」





聞き飽きた営業トークがいろんなものに呑み込まれている脳みそに響く。
定型文のようなフレーズに、営業の下っ端の私は
今持てる最善と思われる営業トークで、綺麗に切り返した。

少し酔っているのか酔っていないのかもわからない上司風のお父さんは、
ここまでの会話は本質ではないのだ。と言った。







右隣を陣取った彼を、私は酔っているのかもしれないと思った。
でも、私の頭も、ギターの音と沁み込んでくるうたと
ハイボールですでに出来上がっている。










本質にモードを切り替えた人生の大先輩は
確かめるように私の普段の仕事内容を聞いてくる。
こんな時も、私は嘘偽りなく、いつもどおり素直に応える。






ここまでの話で、彼は一通り納得している風だった。










私はその場のリクエストに無意識に反応してしまう。
それが自分の中の想像して出来上がったイメージだとか、
戦略めいたものでもないからこそ、
本心や本質でないような形で、
相手の感覚に刷り込まれてしまうことが多くあると思う。
今日も例も、その一つだなんだと感じた。







私自身の話を無理矢理に聞き出した
上司風の彼の問いは常にYES、NOで答えらる簡単な質問だった。
だから、簡単に応えることができたのだ。
営業の基本を改めて思い知らされた。






泣きじゃくっている私の本質をどうやら見抜いた
人生の大先輩の最後の質問は
すでにアルコールで重くなった身体にも響いた。

















「君は本気で人を好きになったことがあるの?」





























ハッキリと「NO」と答えるしか、
私には出来なかった。
できることなら「YES」と答えたかった。









2017年9月初稿
2020年2月加筆修正

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